リクナビもそうだが、道に乗るか道をつくるか。という話

ここにある村があったとする。隣の村にいくためには森の中を通らなければならない。森には小道がたくさんあるらしいが、遭難する人が多くいると聞く。

だが、この森には大きな道が1つだけ存在する。Aという男が作った道だ。この道はよほどのことがないかぎり遭難しない。
道を見つけて、歩いているとふとAが「この道を通るなら100円払え。払わないとここを通さないぞ。」といった。

僕にとっての選択肢は大きく分けると
①100円払って道を通る
②100円払って通るのはもったいないので、自分で道を切り開く
という2つ。

周りの人は、みんな①の方法を使って歩いていくが、たまに100円を払うことはアホらしいと、自分で道を切り開いていく人がいる。

とりあえずほとんどの人が①の方法で目的地にいこうとするので、①の方法で向かうが、
どうやら聞いたところによると、1日につき、100円の道に2万人の人が通っているらしい。
道を造ったやつは、年間に7億円以上も稼いでいるというはなし。道を造り、管理することに年間1億円ほどかかるとすると、男は6億円以上の儲けだ。

その情報を聞きつけたBは同じ1億円をかけて、Aの道の横に同じ道を造って80円で通れるようにした。すると、通行人の一部がBの道を通るようになった。多くの人はまだBの道は信用できないため、100円払ってAの道を通り続けるが、悪い情報を誰も聞かないので、結果的にほとんどの人がBの道を通るようになった。

すると、今度はAがBに対抗して60円で道を通れるようにすると言い始めた。すると今度はほとんどの通行人がAの道を通るようになった。次第に通行料の競争が起き、Aの道も、Bの道も、赤字が出ないギリギリの30円の通行料で通れるようになった。

その後、Aは通行料が儲からないことに腹をたて、Bに「仲良く同じ値段にすれば問題ないぜ」と話を持ちかけ、最初の2倍の値段の200円の通行料をとるようにしむけた。通行人は道が2つしかないので、どちらかに200円を支払って通るほかなかった。

おかげで、AもBも大もうけ。

とおもいきや、値段をつりあげたことに対して怒るCが、今度はAもBも道を通らなくても目的地にたどり着く方法を地図にまとめて1000円で販売するようになった。毎日通る人はこの方法がものすごく安いので、とても喜んだ何人かがCの地図を買うようになった。
Cはこれで大もうけだ!と思っていたが、途端に地図が売れなくなってしまった。

実はCの地図を買ったDが地図を無料で皆に配布してしまったのである。その無料の地図には問屋の広告が入っていたのである。Dは問屋からお金をもらい、大もうけをした。

A,Bは戦略が失敗して大赤字。Cはコストがかかっていなかったので、黒字ではあったが、大もうけもしなかった。

結局通行人はDによって貧しい生活を強いられずに済み、幸せとなった。また、Dは多くの人に賞賛を浴びた。

この話はいくらでも展開できるので、これくらいにしておくが要はA~Dの要に、道を作る人間になるか、通行人のように道に乗る人間になるか、ということ。

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社会において、道を創る人間とその創られた道に乗って生活する人間に分けられるだろう。ライト兄弟は様々な人が”早く海外に渡航できる飛行機”という道を作った。東芝は日本で始めて火を使わず、灯りを灯すことのできる”道”を作った。また、Googleは”様々な人が情報にアクセスできる”道を造った。

現状に満足して、誰かのエゴによって作られる道に乗る人が世の中の大半を占めているが、時には頭の狂ったやつがその道を壊すような新しい道を作り出す。

世の中には数えきれないほどの”道”があって、その”道”のほぼ99%以上は知らずに死を遂げていくだろう。だが、希有な勇者はその知っている1%以下の道のいづれかに問題があると思って新しい道を作ろうとする。
すると、その道を作ることに協力する人が出てくる。そして、道が出来ると、多くの人がその道をもっとよくしようと、手伝い始める。という流れである。

アメリカのシリコンバレーにすむ多くの人々や、トップスクールに通う学生たちは、絶えずその”道”の矛盾点をどうやって是正していくか、ということに戦おうとしていると聞く。
だが日本人は、不満をいいながらもその道に乗り続け、その道が本当に正しいのかどうかを疑うということをしない。

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学生を例に挙げると、リクナビなどは顕著だろう。
リクルートを創業した、江副浩正は旧来の学生の就職の”道”に対して問題点を抱き、就職情報誌という”道”を作った。今のリクナビはその発展形である。
日本の学生は”リクナビ”という道に乗って、就職活動を行っている。毎日絶えず不満をこぼすが、新しい”道”を作っていくわけでもない。

もちろんリクナビを作っている人たちは、それが一番良いと思って作っている訳だし、ユーザーが多い限りは価値があると判断してその方法を貫いていくだろう。

リクナビを僕は批判する訳でもなく、新しい道を切り開いて行動していくことが全て良いといっている訳でもない。
リクナビに乗って最大のパフォーマンスを自分が発揮できるのであれば、そのまま道に乗っておくべきだし、嫌ならば新しい道を作るしかない。しかし今の道も紆余曲折を経て出来た道だ。そんなに簡単に壊せる道でもない。

ただ、問題点を見つけ、それに対してどういった問題解決方法を提示すれば新しい道を切り開けるのか、考え続ける必要性はあるだろう。また、考え続けるだけではなく、いつか勝算があれば道を造るべきだ。

もちろん道を造ることにリスクはある。道を造ることでほとんどの人は失敗する。成功するのはその中のごくごく一部だ。ただ、そのリスクに挑んだことをたくさんの人は評価するだろう。結果的にはリスクなんてなかったりする。

道に乗り続けていると、いつかその道は一瞬にして消えてなくなるかもしれない。そのことを考えていないと、その間に道に乗っている人は路頭に迷ってしまう。その方が大きなリスクだ。

僕は道を作っていきたいタイプだから、道を造り続けるけれども、たまにその道は正しいのか、本当にその道に通りたいと思う人はいるのか、など思うことがある。そんなときはいろんな人と話して勇気をつけるが、自分の造ろうとする道を信じて、がんばっていきたいと思う。


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