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喰いものに惹かれて


 

気がつけば、日本を離れてから1年ほどがすぎ、ブログの更新も久しぶりとなってしまいました。

えらそうなことを書こう、書こう、と思いつつも下書きばかりが溜まりつづける毎日でしたが、近況報告だけでも、と思いここに記します。

 

 

日本帰国。

1月の末、最後の地カタールを経て、日本に帰国しました。「世界の国には、まだ知らないような絶対に美味しいモノが1つはある。それを探しにいこう。」という純粋な気持ちで、日本を離れ、各国で自分自身も現地の人に料理を振る舞いながら旅をしてきました。

 

最初の国はベトナム。ホーチミンのタンソンニャット空港から、初日の宿にいくまでに、ベトナム語が読めない、タクシーの乗り方も分からない。「ああ、日本を離れてしまったんだ。」ひとりぼっちの自分との戦いがはじまりました。それから、アジアはマレーシアやタイ、スリランカ、インドなどと旅を続けていき、全ての国で民宿やホテルではなく、民家やゲストハウスに泊まり、近くの飲食店のキッチンなどを借りれるように交渉して、休みの日に店員さんや、知り合いなどを誘って、料理を振る舞わせてもらいました。

英語も完璧に話す事ができない変な日本人がアジアの国を訪れて、「なんだ、コイツは。」と思われたのかもしれませんが、僕がみんなに料理を振る舞うと、一気に仲良しに。食のパワーを知った2ヶ月間でした。

 

 

しかし、「毎カ国で、こっぺ(僕のニックネームです。)の食堂を開いて、世界中の人に料理を振る舞ってやるんだ!」という課題は自分には重すぎたのか、5カ国目のインドにて、デング出血熱という大病を発症してしまいました。

 

2週間の入院。目や口、鼻からは血が流れ、全身の血管が内出血を起こした状態の中、数十パーセントの致死率と言われ、そんな状況の中、 日頃肥やしていた贅肉のおかげで、みるみる減る体重が僕のエネルギーとして役割を果たしてくれました。その後、日本に緊急帰国し、2ヶ月ほどのリハビリを行いました。
気付かされた大事なこと。

50カ国を巡ろうと目指していた自分にとって、最悪の足止めでした。しかし、この出来事はかえって、自分に取って最高の病気でもありました。
病気を発症するまでは、各国で料理を振る舞っていました。その最初のフィードバックする機会を自分に与える事ができました。「なんで、あの国でご飯を作ったときは、みんな喜んでくれたのに、この国では喜んでくれなかったんだろう。」

 

僕は、1カ国1週間のルールで海外を巡っていました。

・最初の4日間は現地の料理をひたすら食べ続ける。

・3日間は、現地人しか行かないような店には必ず行くこと。

・5日目は食材を探し、6日目にこっぺ食堂を開く。

・7日目は出発前、一番おいしかったものをもういっかい。

 

こういったルールで毎カ国を過ごしていました。各国でこっぺ食堂を開き、いろんな人のリアクションを見て(感想をきいてもなかなか、おいしいしかいってくれないので。。)いました。

 

病床で、自分はなぜこんな旅にでたのか、なぜこっぺ食堂をやっていたのか、料理がすきなのか、食がすきなのか。

 

 

こっぺ食堂

僕は都内で、月に数回ほど、「こっぺ食堂」というお店を運営し、自分自身が料理人となって、料理を振る舞っていました。その時は、とにかく自分が作れる、一番美味しいと思う物を作る日々でした。それを、「おいしいね!」と食べてくれる人も多くいらっしゃり嬉しい限りでしたが、中には心から喜んでくれてないないのかな、そんな方たちもいらっしゃいました。

 

僕はその原因は自分の料理やオペレーションが不足しているだからだ、ときめつけていましたが、その病床で、ふといろんな点がつながったような感覚がありました。

 

「みんながごちそうだ!と思う物は、決して美味しいものではなくて、その食する事を通じて、心が豊かになったり、楽しくなったり、人生が豊かになる作用をもたらすものなんだろうな。」ということを感じました。

 

 

スリランカの家庭で。

ある日、スリランカのある家庭で、「日本のおいしい料理が食べたい!」 といわれ、僕は、初日、「焼き鳥」を教える事にしました。

 

スリランカの肉はもちろん丸鶏。自分で部位を切り分けていきました。「スリランカでは、ぜんぶ一緒に煮込むけど、日本では部位ごとに分けて食べるんだよ。」などといいながら、身を切り分け、焼き鳥のたれをつくることに。しかし、この家庭はイスラム教。みりんもお酒もないのです。

 

考え抜いた僕は、お酢を煮詰めて砂糖、鶏ガラ、醤油を加えて軽く煮詰めてタレをつくりました。「これで、この国で焼き鳥がたっぷり食べられるよ!」

 

そして、みんなで串刺しした鶏肉を網に乗せて、タレに浸しては焼く事を繰り返していくうちに、スリランカのおじちゃんが親戚みんなを呼び、焼き鳥パーティーがはじまりました。

 

「おいしいね、おいしいね。」とみんな大喜び。みんなでご飯を作り、目の前で作る。決してスマートな食べ方ではないけれど、僕らに取ってその日の晩ご飯は、最高のごちそうでした。

 

最後にお母さんが、「このタレはまた使える?何日持つの?」などと聞いてきたので、「タレを足していけば何年でも使えるよ。」と言うと、「わたしにもできそうだね。」と喜んでくれました。

 

 

日本への帰国

 

帰国自体はつらい物でした。皆に大声で、「行ってくるぞ!」と行ったのにもかかわらず不甲斐ない自分がいました。しかし、スリランカの家庭で出会ったような素晴らしい食のシーンを回想できたおかげで、気持ちが楽になりました。

 

思い返せば僕が「食」に興味を持っていったのも「おいしいものがあったから」ということだけではありませんでした。小さい頃から、親に色々な場所に連れて行ってもらい、熊本の山奥で渓流釣りをした後に食べる流し素麺、宮崎をドライブして腹ぺこで出会った伊勢海老フライ、毎日2時間かけて通った学校近くの店で何玉も替え玉した久留米ラーメン。そして、文化祭で友達のみんなとやけどしながらつくった焼きそば、ホットドック、ケバブサンド。

 

感動するような、記憶にのこるような素晴らしい食と出会ったときは、かならず、様々なストーリーがありました。それが食の本質なんだ。その感動をみんなに伝えたいから、自分はこんなことをやってるんだ。

 

正直、日本に帰ってきて、リハビリをしている最中は、ドクターストップもかけられ「もうやめたほうがいいのかな。」と思うこともありました。「再感染の疑いのない国はどこですか???」と病院の先生にたずね、「ヨーロッパや中東なら、その病原菌をもつ蚊はいないよ。」と言われたので、「よし、ヨーロッパだ。」ということで、日本を再出発する事に決めました。

 

 

感動グルメ、ヨーロッパ。

 

「自分が本気で楽しまないと、食でみんなを幸せな気分にできない。」確固たる自信を持つ事が出来ました。すべての国でこっぺ食堂を開くというルールは捨て、純粋に自分が最高だと思うもの、現地の食材で一番おいしいもの、綺麗な場所、やさしい人たち、とにかくどん欲に探す毎日を始めました。1日平均20キロを歩き、ロシアから、北欧、西欧、南欧、東欧、そして、中東諸国を4ヶ月以上かけて巡ってきました。

 

フィンランドで料理を振る舞う機会がありました。

 

参加者は僕を含めて7名。参加者はフィンランド人に加えてブラジル人、スペイン人など。僕は数日巡ったヘルシンキで出会った友人たちにご飯を振る舞う事になりました。フィンランドはノルウェーの近くである事から、サーモンや魚卵が豊富にとれるのです。

 

僕は、2kgはあろうかというサーモンをまるまる購入し、フライパンでグリルしました。そして、それにフィンランドで採れる野菜をたっぷりとのせ、バターと味噌だけで味付け。北海道料理の「鮭のちゃんちゃん焼き」を作りました。フィンランドでは、ムニエルやグリルにすることがほとんどで、味噌で味付けするなどは全く想像出来なかったようで、みな大絶賛。

 

他にも、「SUSHIは刺身だけじゃなくてもつくれるんだよ。」と、スモークサーモンとハーブのにぎり寿司や生ハムとチコリーを使った創作寿司、それに合わせたのは、フィンランド産のスモークサーモンと魚卵の茶碗蒸し、その季節にしか取る事の出来ないジロール茸の炊き込み御飯。他にもたくさんのご飯をふるまいました。

 

みんなとにかく大喜び、僕も海外に戻ってきて、初めてのこっぺ食堂ということもあり、嬉しい物でした。そして、最後に、

 

「Thank you Kohei, thank you for wonderful experience.」という言葉が皆から。いままでは、「Thank you for your nice food.」などと言われていたのに、素敵な体験をありがとう、言われた事に、僕は部屋でひとり涙を流してしまいました。

 

「ああ、ぼくのやりたかったことはこれだったんだな。」そう感じました。

 

 

その後も様々な国で料理を振る舞いました。その地でしか食べられない食材を一番美味しい食べ方で、それも知らないような食べ方で食べさせてあげる。これが、みなにとって最高の時間を提供してあげられる一つのコンテンツとなってくれました。

 

La Corunaで出会った最高のごちそう

僕自身も最高の食事に出会いました。正直行って、北欧を過ぎて、ドイツ、フランス北部、デンマークなどを巡っている最中は同じ料理ばかりで飽きる事もありましたが、僕の衝撃はスペインで起きた事でした。

1ヶ月ほど、自分の中で、「これはうまい!!!」と思える物がなく、毎日が退屈になりはじめていました。ホテルでゆで卵とパンだけでさっぱりと済ませる日もあったくらいでした。

僕は何を思ったのか、「よし、スペインの最西端に行けばうまいものがあるんじゃないか!?」と思い、飛行機を乗り継ぎ、その地へと向かいました。

La coruna.小さな港湾都市でした。

 

そこでホテルから、1時間半ほど歩いた場所に、気になるお店がありました。ステーキ屋。「ああ、今日も疲れたし、肉にするか。」なんとなく入った店が衝撃の店でした。「このステーキをください。」注文すると、15分後、700gはあろうかというTボーンステーキがきました。「これは特別な熟成肉だから、塩だけで食べるんだよ。」

 

ああ、とんでもないものをたのんだなあ。などと思い一口。「これ、牛肉ですか??」と思えるくらいにミルキーで濃厚な肉。気付けば汗をかきながら一瞬にして食べ尽くしてしまいました。顔より大きいお肉がなんと、1500円。日本では信じられない値段でした。

 

「ああ、ここまできてよかった。」本当にそう思える日でした。

 

次の日、「今日はシーフードだ!」と思い、目当ての店へ。しかし、La Corunaは起伏が激しく、なかなかある国は大変な道筋でした。気付けば3時間。閉店間際の店に滑り込み。「とびっきりのシーフードをください。」と注文する。

 

すると、立派な男性の胸板はあろうかという銀皿のプレートにカニが3匹、手長海老、ホタテ、沢山の貝、などがやまもりになって出てくるのです。

それも蒸したり、焼いたり、オーブンで焼いたり、サフランの香りをつけたりと、様々。

 

だれがそれをみても、「これは最高のごちそうだ!」と思えるくらいの料理で、僕は涙が出そうに感動しながら、店員さんに握手をし、素晴らしさを伝えながら料理を食べていきました。この地に来てよかった。2日連続で感じる事が出来、その感動を多くの友人に電話するほどでした。

 

ヨーロッパは多くの国に行きましたが、LaCorunaは特に素晴らしい都市のひとつでした。

 

日本への帰国、これから。

そんな食い倒れの毎日をすごし、1月末、日本に帰国しました。気付けば32カ国を巡り、ユーラシア大陸のほとんどのごちそうに触れてきました。

 

今度は、僕がみなさんを喜ばせる出番だ、と思い、日々新しい事への挑戦の準備をしている最中です。

 

有言実行は出来ないタイプなので、なかなかこういう場所でかいたりするのは好きじゃないのですが、いつもお世話になっているみなさまにもこれからやろうとしている事を、きちんと報告して責任を背負って頑張っていきたいなと思っております。

 

僕は、ずっとやりたい事がいくつかあります。その一つは、食事を楽しくする事なのですが、レストランのような、お客として、ただすわって料理の配膳を待ち、食べて帰るような形ではなく、もっとお客さんが参加して楽しめるようなものを作っていきたいなと思っています。みなさん、料理はできなくとも、お母さんと一緒に餃子を作った事はあると思います。その餃子がおいしいように、自分が考えて作った物って格別に美味しく、そして記憶に残るほど楽しいものになるのだと思うのです。

こっぺ食堂もそうでした。お客さんなのに、 沢山の方が力不足な僕を手伝ってくれました。僕はそんな時間が何よりも楽しかったですし、そういった状況もほうが、お客さんとしてきてくれた方も楽しんでくれていました。

なので、一つは、「料理ができなくとも、レストランを超えるような品質のお店を誰もが一夜限りのプロデュースをできる」ような仕組みを作っていきたいと思っていますし、作り始めている段階です。

 

もう一つは、同じように「全く手を汚さずに料理ができる仕組み」です。食べる事が好きでも、キッチンが狭かったり、なかなか時間がなかったりと料理をすることができない人も多いと思います。そういう人たちがまったく手を汚さずとも、自分の好みの食材、調理法を考えて、料理をつくることができる仕組みを作っていきたいと思っています。

 

この二つは、なかなか時間のかかると思います。roomdonor.jpを作る前に一度挑戦してうまく行かなかったのですが、また、挑戦してみたいな、という思いを持っています。

 

 

また、海外を巡って、日本の食の誇りも同時に思いました。「この国には、うどんを持って行きたい。この国には、和菓子を持っていきたい。」そういったことを感じながら、テストでいろんな国で日本食をみんなに食べてもらう機会をこっそりと作っていました。その中で好感触を得た物も沢山ありました。今回の旅をきっかけとして、日本を旅立ち、いろんな国で、日本の食の素晴らしさを伝えていく立場にもなっていければなと思っております。同時に、海外には素晴らしい食材、食事、食卓が沢山ありました。そういったシーンを日本に持ってきて、皆に喜んでもらうようにも尽力していきたいと思います。

 

 

デング出血熱で本当に一回死にかけました。あの時、「正直、もういいかな、悔いないかな。」などと一瞬思った事もありました。しかし、そのときに出てきたのは、「こっぺ食堂」に足しげく通ってくださった皆さんの笑顔でした。そういった人たちが本当に喜んでくれるまでは死ねないな、と切に思いましたし、死とは、こういうものなんだな、という見つめる機会にもなりました。

 

ハイパーモードで、今年1年、飛躍の年にしていきたいとおもいます。

 

 

こっぺ


Published in 考察録

8 Comments

  1. RT @koppe_jp: かなり久しぶりにブログ書きました。去年1年間の話を。| 喰いものに惹かれて http://t.co/BHwc6TfEnb via @koppe_jp

  2. 尊敬する大好きな先輩。
    彼のパワーに背中を押されます。
    ぜひ読んでみてください。
    “@koppe_jp: かなり久しぶりにブログ書きました。去年1年間の話を。| 喰いものに惹かれて http://t.co/ypjff5ClLQ via @koppe_jp”

  3. こっぺさんの料理食べたいなあRT @koppe_jp: かなり久しぶりにブログ書きました。去年1年間の話を。| 喰いものに惹かれて http://t.co/8wd7DPfrzG via @koppe_jp

  4. RT @mao_kishi: 喰いものに惹かれて http://t.co/obJ9TkJ6sY @koppe_jpさんから 目的もって海外にいったひとはやっぱりかっこいいし、魅力的だね。

  5. RT @koppe_jp: 喰いものに惹かれて:  
    気がつけば、日本を離れてから1年ほどがすぎ、ブログの更新も久しぶりとなってしまいました。
    えらそうなことを書こう、書こう、と思いつつも下書きばかりが溜まりつづける毎日でしたが、近況報告だけでも、… http://t.co/469KuuF8PX

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