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デング熱の恐怖7 日本帰国


(昨年5-6月の話です。)

デング熱による入院6日目。インド入国より13日目。
一昨日夕方あたりから体調は一気に快方に向かい、なんと、血小板数値はは35000から、一気に130000まで上がってくれた。
1週間ぶりに柔らかいご飯を食べられるようになり、歯磨きも久しぶりにすることができた。

携帯を操作したり、カメラを操作する余裕もできて、嵐が過ぎ去ったように体調が良くなった。

来訪者

 

コンコン。

ドアが開いた。

「元気〜〜〜?大丈夫だった?」

姉が来てくれたのだ。病院から、家族を連れてくるようにと連絡があり至急こちらに向かってくれたのだが、ディレイによりこの日になってしまったのだ。

 

「元気そうやん、笑」

この姉は、2、3日前の苦痛を何も知らない。

 

でも、家族が来てくれた事で、一瞬にして肩の力が抜けた。退院まで病院に居てくれる事になった。

 

 

インドの病院グルメ

 

といってもこれしか撮影していなかったのだけど、、

DSC_0269

見た目はアレだけど、ここ2週間ほど何もたべていない自分にとってはごちそうだった。固形物が食べられる幸せを噛み締めた。

だけど、胃がちいさくなってしまったせいか、2口程度でお腹いっぱいになり、少し噛んだだけで、顎が痛い痛い。笑

でも、これは幸せな痛み。生きてるって感じがした。

 

あいにく写真は撮れなかったのだけど、この病院は、出前制度があり、患者の家族などは部屋まで料理を出前してくれるのだ。

インドを後にする日も近かったので、看護婦の目を盗んで一杯インドの病院メシを堪能した。

 

唐辛子のフライドライス

タンドリーチキン

沢山のカレー

発芽マメのサラダ

マトンビリヤニ

などなど、どれも本当に美味しかった!素晴らしく美味しかった。顎が痛かった。

 

 

 

無事、退院!!!

 

姉が来てから、3日間。最後の経過観察が行われた。歩けなくなった足を動かして歩行練習なども行った。筋肉はすぐに衰えるものだ。

 

まずは腕の検査、内出血がひどいので様子を見てみないと分からないので、日本の病院で通院してくれ、とのことだった。完治まで2ー3ヶ月はかかるそうな。

後日談を今話すと、結構このリハビリが厄介で、筋肉組織が破壊された右腕を病院で固定していたせいで、曲がらなくなってしまったのです、、リハビリ大変でした。

 

次に内蔵の検査。肝臓が以上数値を出しているのは変わりないので、1ヶ月の薬の服用と、向こう2ヶ月間の飲酒が禁じられた(これは辛かった、、笑)

そして、体力の話。今回体のダメージは中々大きいものなので、最低2−3週間のベッド生活と日本での外出禁止が命じられた。

血小板数値はなんと600000!これはちょっと高すぎるくらい。笑 治癒して頑張ってくれている証拠。1万台だった一番辛いときに比べれば数十倍。人間の治癒力はすごい。

 

後遺症が残ってしまうかどうか、このときは怖さもあったけれど、もうこの病院とおさらばできる!というコトが幸せだった。さらばアポロ。あなたは僕も悩ませてくれたし、救ってもくれた。一生忘れない!

 

最後に院長が話してくれた。入院2−3日目の症状は本当に酷かったらしく、脳出血を起こさないかヒヤヒヤだったらしい。肺にもギリギリ穴が開かず、それが良かったらしい。

一番良かったのは、食事をきちんととって体力を付けたこと、そしてあと僕の恵体(痩せていない事)も死ななかった原因だという話だった。

 

看護婦さん、通訳さんとあつい握手をかわして、病院を後にした。

 

 

 

なかなか出国できず。

 

アポロ病院を後にして、姉の滞在するホテルへと向かった。

このホテルのご飯がびっくりするくらい美味しかった!特に海老のグリル。写真撮っておけば良かった、、

伊勢エビくらい大きな、ブラックタイガーをガーリックで焼いただけのものだったのだけど、本当に美味しかった。

 

31日。最後の難関がまだあったのだ。

 

それは、僕が入院できない原因にもなり、数日前に切れてしまったビザ。

実はビザが切れた後は、不法滞在を行っていた事に鳴っていた。

領事館の方の手だてにより特例で滞在することができたが、この日は入国管理局に行って、滞在が伸びてしまった原因の説明と新しいビザの更新申請をしなければならなかった。

 

自筆のサインが必要なので、体力が衰えた自分も行く事に。これが5時間もかかった。クーラーが効いていないため、40度の中で貧血を起こしてしまった、、笑

 

しかし、無事ビザをゲット。これも通訳会社の方が全てやってくれたから、本当に助かった。

 

 

++++++++++

 

日本帰国!

シンガポール空港経由だったので、チャンギのシンガポールライスがなかなか美味だったのと、日本行きの飛行機が全日空だったので、和食が出た事に感動。

2ヶ月でいったん帰ってしまう自体になってしまったのだけど、本当に助かった事が幸せで何も考えられませんでした。

 

検疫所で1時間にもわたる尋問と各種検査・写真撮影を終えて成田の到着ゲートをくぐる。

「おかえり!!!!」

 

父親と熱い抱擁をかわしました。今回は、姉も父親も、母も兄も全てに感謝した2週間でした。困った時はやっぱり頼れるのは家族。そんな瞬間でした。

 

本当に迷惑かけてごめんなさい。ありがとう。

 


Published in インド(2012.5) チェンナイ(2012.5) デング熱闘病記

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