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カテゴリー: 料理

こっぺ食堂に向けて、また自己満足で作っている料理が中心です。

こっぺ食堂 in Sri Lanka 焼き鳥レクチャー篇


 

スリランカ滞在3日目。当初は、コロンボではなくゴールというスリランカ最南部に位置するインド人のシェフの家でスリランカ料理とインド料理を学ぶ予定だったのだけれども、本人が出張とのことで断念。

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しかし、ビーチでの奇跡的な出会いに感謝を込めて、「日本の料理、何か知ってる?作ってあげるよ!」と言ったらすかさず、

 

「YAKITORIと、SUKIYAKIたべたいね!」

 

とバシッドが言う。精肉加工の技術が発達していないこの国ではすき焼きはかなり困難なので、やりやすい焼き鳥を作る事に。

 

と言っても、さっき言ったように精肉の技術が発達していないスリランカ、更に言えばこのファイザール家はムスリムなので、ハラールの基準に合格したお肉しか食さない。

 

 

という事で、丸鳥を一匹購入し、精肉するところからのレクチャー。

 

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「ここがもも肉だよ〜」「これがレバーだよ〜」「これ手羽先ね。」等と言いながら、精肉にする自分の様子を興味津々に見るお母さんたち女性衆。そこから焼き上げ。

 

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次女アキーラも手伝ってくれた。

 

本当にいい子だったな〜

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焼き鳥用の機械なんてものは当然ないので、ガスコンロで直火。なんとか、金網を調達する事が出来たので、焼きを始める。

火加減がなかなか難しい物の、皆で頑張って焼き上げてゆく。

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「今日の主食は、スプリングホッパーだよ。」

何これ!これは日本で言ういわゆる、ビーフン。米粉で練り上げた生地を麺状に伸ばしたもの。これがまた旨い。ソーメンとかとはまた違った感じで、食感がぷるっとする感じ。

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そうこうしているうちに、1時間焼き上げた末、焼き鳥が完成!

 

35度近い気温の中焼き鳥調理はかなり大変でした。。


5お母さんが作ったサンボルというココナッツと魚の料理、マグロのカレーと一緒に、今日は焼き鳥!スプリングホッパーと一緒に頂きました。

タレを作るのがなかなか難しかったので、輸入食品店で購入した醤油に、お砂糖と酸味を飛ばしたお酢を利用。

酒やみりんは宗教上NG。使えなかったけれども、結構近い味を出す事ができて満足でした。

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バシッドが焼き鳥にはまる様子。料理を手伝う事は滅多に無いみたい。

 

 

そんな、こっぺ食堂 in Sri Lankaとなりました。

 

 

 

 


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ベトナムのソウルフード巡りと、市街探訪から見える陰と陽。


疲れがたまっていたのか、10時すぎに起床。まず、ホーチミンを知る為に、中心街へと向かう事にする。

宿泊先は、District3だったため、中心部のDistrict1までは、歩いて1時間、車だと15分ほどかかる。街の様子を知ってみる為にも、バスにトライしてみる事に。

目的地はベンタンマーケット。ホーチミン最大の市場と言われている。なんと、運賃は6000VND(25円)。激安である。
バス停がなかなか分かりにくい所にあり、不安ながらも到着したバスに乗る。運転手に料金を払い、乗り込む。

バスの中は、人でごった返していた。とにかく人が多く、気を抜いたら、財布くらい簡単にスラれるなという印象。緊張しながらも、15分ほどで、ベンタンマーケットに到着した。

どちらかというと、このマーケットは今では観光客向けの店が揃うマーケットになっている。1914年に設立され、もうすぐ100周年というところだ。

野菜や、肉、日用品からプランドバッグ(偽物)まで。なんでも揃うのが、このベンタンマーケットだ。

中で食事も出来る。フォーは30000VNDからと、まあまあの価格。現地の市民はもう少し安い値段で食べている。


しばらく、ベンタン市場を歩いていると、やはり観光客が多く、店員も、日本人と察したのか、日本語で話しかけてきたり、韓国語や中国語で話かけてきたりもする。

バッグの専門店。ここに並べられてあるものは、軒並み数百円で買うことができる。偽物だが、使い捨てで欲しい人などには向いているかも。

野菜が並べられた横に、某ブランドバッグ(偽物)が並べてあるのも、東南アジアならでは、という感じがして、良い。

 

 

 


ベンタン市場は、観光客向けだなあと感じたので、コチラはすぐに後にして、周りをふらふらと歩いていくことに。
District1と言っても、商店がずらっと並んでいて、人々は、そこで商いをしながら暮らしている。なんだか、昭和時代の日本を眺めているような感じだ。

東京でビジネスマンをする生活もいいが、この地でこういった生活をしている人たちを見てみると、朝に起き、店を開店し、友人とマージャンを打ちながら、昼は軒先でメシを食らい、夜は屋台で家族でご飯を食べる。そんな生活もなかなかいいんじゃないかな、と思わせてくれる。

この時代になっても、こういった景色を見られるのは、アジアを廻る人の特権かもしれないなあと感じた。

しかし、一つ道を出ると、ホテルや、主要ビルの並ぶ中心部に来た。一気に先進国に来たような、そんな風景が一気に広がった。
噴水が涼しげで、高層ビルもたくさん立ち並ぶ。

もう少し歩くと、サイゴン川沿いに出た。こちらには高級ホテルが並んでいる。
どうやら調べてみると、ベトナムは2000年代に入ってから建設バブルが始まって、急激に都市化が進んだらしい。ベトナム、というと、社会主義、ベトナム戦争というイメージがどうもつきまとってくるが、こちらには、先進国と変わらぬ風貌があった。


しかし、後ろを見てみると、サイゴン川で足こぎボートをいっしょうけんめい漕ぐ老人がいたり、


船乗りが、川沿いで船に乗る準備をしている。どうやら、建設バブルは、リーマンショックなどで崩壊してしまったらしい。
急激な都市化のため、デコボコ状に近代建築と、商店街などが訪れてくるのは、発展途上国の現状を表している。

もちろん、近代化も大事だとは思うけど、本当の幸せってなんだろうと考えると、ホーチミン市民の平和な生活も良いのかもしれない。

道ばたでフォーを食べている若者、老人を見ていると、そう感じた。

 

 

 

気づけば昼がとっくに過ぎていた。2時間以上もひたすら歩いていた。とにかく喉がかわいたし、腹がへった。どこかでウマいものはないか、と歩き続ける。

すると、街中に、レストランを見つけた。空腹に耐えられず、とりあえず入ってみる事に。

ピークタイムを過ぎていたため、店の中はガラガラ。こちらも小洒落た店で、なかなかいい雰囲気だった。


ベトナムカレーを注文。ちょっとお洒落すぎるカレーだったが、これも良し。
フォーや、生春巻きがまず挙ってくるベトナム料理だが、以外にも、このカレーも現地では、親しまれている。
味は、タイカレーに近いのだけれども、現地で取れた、トマトや茄子、大きな白身魚が入っていて、レモングラス、ココナッツミルクなどで味付けされている。あと、特徴的なのは、甘めだということ。タイカレーはスパイシーで辛いけれども、ベトナムの料理は砂糖がけっこう入っているものが多く、このカレーにも大きなフレッシュパイナップルが入っていて甘みがある。

僕はどうしても日本のカレーというのが、好きじゃない。小麦粉を溶いたような、食材の味が生かされていない日本のカレーに対して、やはりフレッシュなベトナムらしいカレーだった。一瞬にして食べる。

栄養補給もできたことだし、とりあえず店をあとに。

これからはどうしようかなあとかんがえていると、知り合いの@taxi47さんが、「戦争証跡記念館に是非行ってみるベシ!」とおっしゃっていたことを思い出し、調べてみると30分くらいで行けそうなので、行ってみる事にする。中心部を離れて、少し自然の多い地区へと向かう。


歩いていく途中に、中学生?の下校現場に出会った。歩いて帰る生徒もいれば、バイクで迎えにきた親にピックアップされる子もいた。とにかく周辺は人だかりで少しパニック状態だった。

この学校から、戦争証跡記念館はすぐ近くで、やっと見つけた。どうやら雲域があやしくなってくる。

そこには、大きく飾られた戦闘機や戦車が並べられていた。
「なるほど、これが使われていたのか、、」と考える。

ベトナム戦争と言えば、60年代や70年代のことなので、90年代に生まれた僕らにはなかなかなじみが薄く、「うわあ、すごい戦車だなあ、戦闘機だなあ、」という印象でしか捉えられることができない。すぐに思い浮かぶのは、今でも残っている地雷の話や、化学兵器による奇形児の話など、現在の話だ。

世界史でしか習ったことはないけれど、大陸国なだけあって、なかなか大変な思いをしてきた国だなあとも感じる。

そんなことを考えながら、中へと進んでいった。


広い室内には、たくさんの展示物が飾られていた。



当時の共産党のビラや、アメリカ軍のビラなど、色々な力が働いていたベトナム戦争。
その時、市民は何をかんがえて、行動していたのだろう。

大陸の国ということや、農作物や海産物がなかなか取れる事だけあって、中国の侵略を受けたり、フランスの植民地化があったり、そして第二次世界大戦後のベトナム戦争があったりと、おとなりのタイ王国に比べると、多くの国の侵略を受けてきた国だと感じる。

今だって、近代化の波を受けて外国資本のビルやホテルがどんどん立ち並び、生まれ変わってきているのか、大切なものが壊されているのか、わからない。

もやっとしながら、記念館を出た。僕はこの様子をどう感じればいいかは分からなかったけれど、さっきの近くで帰りを待っていた中学生を思い出すと、「彼らは戦争のことをどう感じているのかなあ。」などと思った。
僕らの世代が第二次世界大戦のことを深く知らずに生き、忘れてしまって死んでいくのか。

 

 

 

そんなことをかんがえていると、

 

 

 

スコールに打たれた。

 

 

 

 

日本と違って、避難できるデパートなんかは無い訳で、とにかく走ってタクシーを探す事しか出来ない。
すると、一気に雨はやんだ。

「あ、スコールか。」南国に来ている事を忘れていた。

と、左を見ると、なんだか屋台が建っている。

お兄さんが、「おいでおいで!食べていきなよ!」と。手招きをしてくれた。

ベトナムのソウルフード、Binh Mi(バイン・ミー)である。フランス植民地の名残があって、ベトナムは、すごくバケットがうまい。そのバケットにチャーシューをカリカリに焼いたものや、野菜、ハーブ等を挟んで食べる。
忙しいベトナム市民には、ぴったりの食べ物だ。

早速、豚肉のバインミーを注文する。タクシーに乗って、家で食べる事に。


これがBinh Mi(バイン・ミー)だ。カリカリの豚肉に、キュウリの大きな酢漬け、そこに大根と人参のなます、パクチー、葱、唐辛子、ナンプラー、チリソースなどを挟んで、いっきに食らう。

「なんだ、この食べ物は!!」

BLTを凌駕するような、うまみ、甘み、しょっぱさのバランスの良さ。コレはうまい。うまい。

街を歩いているときに、サブウェイを見つけた。
日本と同じように400円くらいでサンドイッチを売っている。ぜんぜん客が入っていなかった。

それは当たり前だ、このバインミーは、12000VND(50円)。どうかんがえても、バインミーがうまいし、安い。
このバインミーの虜になる日本人もけっこういるようで、誰か、興味があるひとがいたら、日本で専門店をやってほしいと思う。やる人がいなければ自分がやりたいと思うくらいウマかった。

おやつがわりのバインミーを食べ、家主の帰宅を待つ。

21時すぎ、遅めの時間に帰ってきた。
「何が食べたい?」というので、「何でもいいよ、おすすめある?」
と言った。すると、「じゃー、生春巻きにするか!さっぱりと!」

ということで、また今日もバイクタクシーに乗って店へと向かう。
ナント、これから行く店は、「セルフ生春巻き」の店。だと言う。なんと、楽しそうな。

ベトナムで、Goi Cuon(ゴイ・クン)と言えば、屋台のショーケースに山盛りに置いてある、海老と豚肉、鶏肉などが入った生春巻きのことを指すけれども、最近では、セルフの生春巻きレストランがはやっているらしい、とのこと。

早速お店に入ると、緑の色調で開放感のある、お店。ベトナムのカントリーカラーは、緑。どこに言っても緑の国。


「これが美味しいのよ、」とおすすめしてくれた、一発目の料理。
なんと、エゴマの葉で巻かれた生春巻き!普通はライスペーパーなんだけれども、これは、さっぱりとした酸味のある、エゴマの葉っぱで食べる。フレッシュな国、ベトナムらしい料理だった。


気付けば、料理がどんどん出てくる。コチラがセルフ春巻きのセット。自分でライスペーパーを濡らして、お好みの豚肉、海老などを挟んで一気に食べる。
日本で言えば、手巻き寿司パーティーをやっているような、そんな感じで、ぱくぱくと食べられる。

生春巻きと言えば、日本では、海老の入った物がイメージされるけれども、ベトナムでは、色々な物を巻いていく。蒸したり、炭火焼した豚肉や、鶏肉、など色々なものを挟んで、好きな味にしていく。


部屋を貸してくれている、AdelineとVinhの二人。
色々な場所をガイドしてくれて、一人旅で行くよりも、断然有益な情報を教えてくれる。
部屋も借りて、案内までしてくれるのは、最高だ。


エゴマの生春巻きをがっつりと食べる!

これは、ライスペーパーに、椎茸や豚肉等、春巻きに入れる具材のようなものを入れたもの。フライドガーリックとフライドオニオンが乗って、ベトナム版の、水餃子とか、トルコのマントゥに似たような、そんな味付けだった。

気づけばあっっと言う間に完食。
相変わらずさっぱりと美味しいベトナムフードでした!

フォーや生春巻きくらいしかイメージがないベトナムだったけれども、バイン・ミーを食べて分かった、フランスの植民地時代と、昔からのベトナム料理の融合や、この生春巻きの新しいスタイル。

新しい物と古き物がごちゃまぜになる、ベトナムらしい食事を今日はしたな、という感じだった。

ホーチミン2日目、そろそろ力を入れて、色々やってみようと思う。明日は、現地の人たちを集めて僕が料理を振る舞う!という話になった!

不安もあるが、わくわくが止まらない!


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部屋代を払ってもおつりがくる、Airbnbのすごさと、ホーチミンの空気。 ホーチミンDay1


4月23日、わずかな不安と、大きな期待が頭を巡る中、日本を出発した。

羽田 − 関西国際 − クアラルンプール − ホーチミンというルートで乗り継ぎ含めて24時間、早速疲れが一気にたまりそうだ。

羽田から国内線で関西国際空港へと向かい、クアラルンプール行きの乗り換え便を待つ。

日本を発つ前に何を食べよう。米もいいが、ラーメンもいい。寿司にしようか、蕎麦でも食べようか。などと考える。
そして、おもむろにうどん屋に入る。関西と言えば蕎麦よりもうどんだろう。蕎麦は海外で食べられる気がするけれど、うどんはおそらく食べられないだろう。
鳥天がのっかった、さっぱりとしたおろしうどんを食べる。つるっとした麺にさくっとした鳥天。この味をしっかりと噛み締めていこう。と感じた。

エアアジアで、マレーシアを経由し、ホーチミン、タンソンニャット国際空港へ。

エアアジアはなかなか快適だった。機内食はバカ高かったが、客室乗務員も元気だし、客席が3つ並びで空いていたので、寝転がる事もできた。

長旅なので、ぐっすりと寝ていると、いつのまにかホーチミンに到着。

荷物を受け取り、まずはSIMカードをゲットしにいく。一人旅なので、本当はインターネットも使わずに孤独に進んでいきたいな、という想いもあったけれども、アパートの貸し主の連絡や、チケットをゲットする手段などには、やっぱりインターネットが無いと困る。

今回は、知り合いの方波見さんが餞別としてSIMフリーのS51SEを提供してくれ、それにプリペイドのSIMカードを国ごとで入れ替えていきながらネット環境を確保していくことにしている。

プリペイドの仕組みはシンプルだ。データ回線のみの契約か、通話回線の利用も行うか、そして、あとはどのくらい利用するかというのをいくつかのパックから選べば良い。自分はSkypeOutをメインに使う予定だったからデータ回線のみの契約をおこなった。

無事インターネットが使えるようになり、ツイートもできるようになる。

ホーチミンに到着!人おおい!!

posted at 13:55:11

SIMカードをゲットでき、タンソンニャット空港を出ることに。ベトナムの国際空港には、搭乗者以外が到着ターミナルに入る事ができないので、沢山の人が外で待ち構えていた。

到着を待つ家族、プレートを抱えたガイドもいれば、プレートを持たないぼったくり目当てのガイド、何がなんだか分からない人もたくさんいる。

この人数と、ホーチミンを襲う湿気と熱さに一気にやられる。

今日はAirbnbを利用してホーチミン市街の家にお世話になるつもりだったので、空港からはとりあえず、近くにある、というカフェへと向かう事に。
タクシーで向かおうと、タクシー乗り場に向かったが、たくさんの会社のタクシーが空港で乗り付けている。

「ベトナムでは、Mai Linh(メイリン) Taxiと、Vinasun(ヴィナサン) Taxi以外は、ぼったくりが多いので、乗るな。」ということを事前に聞いていたので、そちらのタクシー乗り場へと向かうことに。

 

タクシー乗り場へと向かうと、なんと長蛇の列。メイリンとヴィナサンのタクシー乗り場は長蛇の列が広がっていた。対して、他のタクシー会社には誰も乗ろうとしない。

すると、たくさんのガイドが寄ってくる。

 

 

「タクシー乗るか?80万ドンでそこまで送ってやるよ。」

 

80万ドン??10万ドンあれば、目的地まで着く距離なのに、驚きの値段を吹っかけてくる。

 

「10万ドンなら、乗るが、そんな値段では乗らないよ!」

 

というと、何事もなかったかのように後を去っていく。そういったことが、数回起こった。もちろんいくら安くするよと言われても、降りる時にとぼけられるのが関の山なので、もちろん乗る気はまったくない。

だが、中々タクシーが来ない。近くに居た、ヴィナサンのスタッフに「タクシーはまだ来ないのか、」と大きめの声で言う。

すると、なぜか優先的にタクシーにのせてくれた。なんなんだ。この適当さは。

おそらく、じっと待っていてもタクシーにのせてくれなかったのだろう。となると、前でゆっくりと並んでいた人たちはずっと待ちぼうけなのだろうか。

そんなことを考えながら、車を走らせてもらう。

荒い運転を見守りながら、わずかに進むと、ホーチミン市街の様子が見えてきた。



バイク、バイク、バイク。この街はバイクで埋め尽くされている。

タクシーで20分ほど車を走らせると、目的地のカフェへ。
「sorrento cafe」と書かれてある看板を目印に、店へと入る。

店はカフェといっても、レストランのように広く、そして、まさに南国の雰囲気を醸し出している。


まずは、タイガービールを注文。シンガポール原産なのだけれども、ベトナムで良く親しまれているビールの一つ。24時間以上も移動し続けた体には、猛烈に染みた。値段は33000VND、130円くらいだ。


海老の炒め物を注文。タイガービールに、ガーリックと塩でさっぱりと味付けられた海老が合う。あまりにも空腹だったのか、一瞬で完食してしまう。

ベトナムは、何にでも、うまみ調味料が入っているのが特徴だ。フレッシュなベトナム料理文化には、だし汁を取って追加したり、油をたっぷり入れたり、などうまみを足す調理法が中々無い。従って、彼らは、味の素や、化学調味料をたっぷりと使う。もわっと口に広がる、その味付けは、たまに嫌になることもある。

このお店はそんなことはなかった。さっぱりと、塩とガーリックだけで味をつけ、お好みで、いろんな調味料を客が足していく。


ベトナムの調味料。一見、ケチャップのようだが、トマトジュースに塩や味の素が加えられた、食べた事の無いトマト調味料。少し舐めてみたが、酸味が無く、個人的には、あまり好きではない味だった。

時間が止まったかのようなこのカフェ、一瞬で虜になった。


アパカで作ったこのソファーの座り心地もよかった。喧噪な東京を離れ、時間がぴたっと止まったような心地。

だが、こんなところでゆっくりしていては、何も面白くない、ひとまず、目的地の家へと向かう。

家は、カフェから、歩いて1分の所にあった。
「なんだ、すぐ近くだったのか。」と思いながらも、家へと入る。家主のAdelineに家を紹介してもらう。


家は思った以上に広かった。玄関を入ると、すぐにリビング。ベトナムらしい、広々とした家だ。

部屋も、クイーンベッドと、クローゼットがあり、シンプルだが、完璧なつくりだった。

そして、一番気になっていたキッチン。なんと4口のコンロで、とても広いダイニングキッチン。

これで、1泊1500円。高級ホテルだとこの10倍くらいの値段はするだろうから、驚きだ。安いホテルに泊まるよりも、安く、ユースホステル並みだ。

なによりも、キッチンが広いのが嬉しかった。自由に使ってくれとの事だったので、使わせてもらいたい。

 

 

気づけば、1時間ほど寝てしまっていた。

 

 

長旅に疲れていたのだろう。外は薄暗くなりはじめていて、夜が近づいてきた。

真っ暗になる前に、外をぶらりと歩いてみる事に。

タクシーから景色はみえていたが、歩いてみて、「ここが、ホーチミンか。」と、初めて日本を離れ、ベトナムの地にたどり着いた感覚が体中にまわった。

ビジネスマンが汗拭き歩く東京の街とはちがい、高度経済成長期の下町を歩いているような、そんな雰囲気だった。


Nuoc Mia(ヌック・ミア)という、サトウキビとライムジュースを絞ったジュースをいただく。さわやかに甘さと酸味が広がる、南国のスポーツドリンクだ。
疲れた体には、最高の栄養になった。

 

 

晩ご飯は、家主のカップルが、貝料理の店に連れて行ってくれた。ベトナムはフレッシュな料理が多い。豊富な海産物がたくさん漁れる。
なによりも、貝料理が最高にうまい。粒貝や赤貝、ホッキ貝やはまぐりなど、日本では高級とされている貝にピーナッツをたっぷりとまぶして炭火で焼きあげ、
レモン汁と唐辛子で作られたさっぱりとしたソースでいただく。

ヌードルは、地元で取れたシーフードを使ったヌードル。ベトナムと言えばフォーのイメージが強いが、それだけ、というわけでも無かった。たしかに、シーフードには米よりも小麦で作った麺の方が合う。するするっと腹に満たされていった。

ビールはSAIGONビール。ホーチミンの旧名、サイゴンの名がついたビールだ。こちらもさっぱりとしたビールで、氷に入れてぐびっと飲む。

料金は1人あたり、10万ドン。日本円にすると、380円ほど。山盛りの赤貝や、粒貝、さらにビールも飲んで、この値段なのだから、衝撃の値段だ。

帰りは、なんとバイク。
ベトナムは、車よりもバイクタクシーがメジャーだ。2万ドン、80円くらいの運賃で帰る事ができる。後ろにのっけられ、壊れかけのヘルメットを頭にのせて、少々おびえながらの帰宅だった。

明日は、中心部を歩きにいくことに。

長い移動だったので、ぐっすりと寝る。


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想像以上に豪快、そしてフレッシュ。ホーチミンで見た食事。


ベトナム料理といえば、フォーや、生春巻きといったものを想像するだろう。
というよりも、タイ料理や中華など、他のアジア料理に比べてなじみの薄い、ベトナム料理。ベトナム料理のレストランもなかなか日本で見る事は少ないし、ベトナム人を街中で見る事もなかなかない。

 

この国にはどんなものがあるのだろう。それとも、食べた事の無いようなフォーが食べられるのだろうか。

そんな心持ちで日本を出発し、まず最初にやってきた場所が、ベトナム・ホーチミン。

4月24日に到着し、5月1日までの7日間の旅程。この7日間でどれほどのものを消化できるか、ということをかんがえていると、もうワクワク感が止まらなかった。

 

「とりあえず、死ぬほどフォーや生春巻きでも食べてみるか。この国は、そういった食べ物がウマいのだろうから。」

この予想は半分あたりで、半分ハズレだった。
生春巻きはフレッシュだが、それを超えたフレッシュさが、ベトナムの食卓にはあった。

もちろん、フォーはうまかった。さっぱりとした鶏肉ガラでだしを取ったPho Ga(フォー・ガー)や、濃厚さもある牛肉でだしを取ったPho Bo(フォー・ボー)は、澄んだスープに、米で出来たつるっと食べられる麺が入っている。

どちらかというと、麺料理というよりかは、スープ料理という感じがした。


夜の屋台で食べたフォー。隣に座っていたおじさんが食べ方を教えてくれた。
「ホイセンジャンを入れ、フレッシュなハーブをいれて、食べる。たまに揚げパンを浸して食うとうまいんだよ。」

言葉は分からないけど、なんとなく伝わった。


翌朝に食べたフォー。今度は、市街地をはなれて地元民が食べているフォーを食べてみた。麺が多いのと、上に好きなトッピングをのせられるのが、ベトナムスタイル。とにかく豪快な料理が多い。ここにも、フレッシュハーブががつんと、置かれていた。

これは、COM(コム)という、現地ではPHO(フォー)よりも親しまれている食べ物。簡単に言えば、ぶっかけ飯みたいなもので、自分は、インゲンの炒め物と、臓物と野菜の炒めをかけてもらった。

ベトナムといえば、豚レバーなどの臓物のイメージが強い。フォーにも、炒め物にも、良く使われる。肉もなかなか新鮮で、血なまぐささは感じられない。

味付けは至ってシンプル。塩胡椒に、ナンプラーと、おそらく味の素が使われている。ベトナムは味の素大国だ。なんでも味の素を使う。

 

彼らはこういった食べ物を屋台で、ささっと注文して、右手にフォーク、左手にスプーンを持ち、器用に食べる。

ベトナムはとにかく屋台が多いから、弁当や、レストランで食事をする労働者はほとんどいない。バイクで立ち寄って、腹一杯になって、そそくさと立ち去る。まるで福岡の人間がラーメンを食べるように感じた。

 

 

ベトナム、特にホーチミンは海産物や、農産物が豊富で、沢山のフレッシュな食材が送り届けられる。なので、食べ物を保存しておくなどということは、あまりしない。

ホルモンなどが多いのも、新鮮な食肉が流通している証拠だろう。

 

ただ、肉や魚は無造作に並べて売られているし、野菜もどんな虫がついているかは分からない。これは途上国ならでは、である。

気温30度を超える炎天下に肉も魚も置かれているのだから、生食はもちろん、そのまま焼いて食べるのも中々怖くてできたもんじゃない。

 

だが、食には、たくさんの知恵が込められている。
彼らは、安全に食べ尽くすため、豊富なフレッシュハーブとともに肉や魚を食べるのである。

Banh Xeo(バイン・セオ)というベトナムスタイルのパンケーキ。中には、野菜や豚肉が入っている。これにもたっぷりの野菜とフレッシュハーブが添えてある。

ベトナムはとにかく、炭火で焼かれた貝がうまい。
このつぶ貝にも、ナッツが振りかけられて、フレッシュハーブが添えられる。

 

ベトナムというと、誰もが、「パクチー」を想像すると思う。パクチーを彼らは山盛り食べていると考えがちだが、実際にはほんの少し、飾りで添えられるだけである。
実際には、このつぶ貝に添えられた、「タデ」という酸味のあるハーブや、バジル(日本で食べるバジルとは全く違う。苦みがある。)、ミントや、ドクダミなどといったものが添えられる。

 

このハーブは、なかなか独特で、はじめて食べる人たちには、中々堪え難いものがあるかもしれないが、日本人が刺身を食べるときに、わさびをちょっと付けて食べたり、生肉を食べるときに生姜醤油で食べるのと似たようなものと考えれば、分かりやすい。

 

豊富な、旨い食材を、フレッシュに旨いまま食す。日本の漁師料理のようなスタイルが、ベトナムにはあった。

そんな、想像以上にがっつりフレッシュな、ホーチミンで出会い続けた食事を7日間にわたって記録していこうと思う。

 


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なぜ京都にはフレンチレストランが多いのか。


祇園の街並を歩いていると、古めかしい料亭に並んで、町家を改築したフレンチレストランをよく見る。
新しいお店が殆どなのだけれども、「なぜ祇園にフレンチレストランがあるのだろう。」と、ぼーっと考えていたことがありました。

*****
京都に行ったことのある人は分かるかもしれません。京都は昔ながらの料亭が多いのはもちろんのことですが、フレンチレストランがぽつぽつと市街地にも、郊外にも広がっているのです。

「本当にそうなのかなあ」と思いながら、ある日、グルメ系サイトを見ながら、実際に件数を数えてみました。
すると色々と面白い結果が見えてきました。

日本の人口上位15都道府県を調べる中で、イタリアンレストランの件数に対して、フレンチレストランの件数が平均42.5%。

東京都39.4%

神奈川県37.0%

大阪府30.9%

日本で”イタ飯ブーム”が起こって以来、日本にイタリアンレストランが多いことは皆さんご存知だと思いますので、この数字はある程度想定の範囲内かなと思います。

しかし
京都府70.2%

圧倒的に京都府は、イタリアンレストランに対してフレンチレストランの数が多いと言うことがわかりました。

イタリア料理と言えば、魚介、トマト、フレッシュチーズ、ハーブをたっぷり使ったような、新鮮なイメージがあると思います。魚と肉の違いはあれどカルパッチョは日本で言えば刺身、打ちたてのパスタは、日本で言えば江戸の挽きたての蕎麦といったように、海に囲まれた国同士の食事は非常に似ている点が多いため、日本人の舌には、イタリアンが合うのだと思います。

逆に、京都は、なぜフレンチレストランが多いのか。

答えは京都が内陸地域にあることだと思います。イタリアと比べ、フランスは内陸国であり、南仏や、北部の海沿いを除いては、新鮮な魚介などを調達することができません。古くから、彼らは、それらを保存する為に乾燥させたり、熟成させたり、発酵させたりと、あらゆる保存方法を考えて食文化を豊かにしていきました。また、魚介ではなく、たくさんの根菜を育てることができたため、「ポトフ」などといった料理がポピュラーになったのだと思います。「ポトフ」はいわば、京料理でいう、「野菜の炊き合わせ」と似たようなものだと思います。

もちろん全てが全て同じわけではありませんし、文化的、歴史的な影響を受けた物もたくさんあると思うので、一概に言う事は出来ませんが、内陸国であるフランスの料理が、大阪と違って内陸にある、京都に住む人々の口にあっていたり、食材で似たものが多かったりするのだと思います。

*****

少しデータを補足しましたが、このようなことを、京都の祇園を歩く中でかんがえてました。

今の世界中の料理は、「イタリア料理」「中華料理」ないしは、「東南アジア料理」などといったように、エリアや国で分けられていることが殆どですが、近い国同士も料理が違うことはよくありますし、日本の中でも東西の料理が全く違うように、もっと新しい料理の体系化ができるんじゃないかな、などとかんがえたりしていました。

例えば、メキシコ料理と中東の料理は非常に似ています。

メキシコの主食はトルティーヤ、中東の主食はアラビアパン。もっと言えばインドの主食はチャパティ。全て小麦粉やトウモロコシ粉でつくられた薄焼きクレープが主食とされています。

それらにメキシコの人たちは牛肉と野菜を挟み、中東の人々はラム肉と野菜をはさみ、インドでは、カレースパイスにつけられた鶏肉につけて食します。

もっと言えば、メキシコの「ワカモレ」というアボガドのペーストと、中東でよく食される「ホムス」というひよこ豆のペーストも、食材こそは違いますが、調理法はほとんど同じです。

これらの国は、全て赤道の近くにある国々です、おそらく気候が似ているために、同じような食文化が発達したのだと思います。

といったように、国単位やエリア単位ではなく、気候や地形、保存技術、文化、歴史など、いくつかの変数を組み合わせさえすれば、いちいち「イタリア料理」「フランス料理」というように何百種類も分ける必要はなく、
「熱帯気候の内陸料理」+その地域で取れるスパイス=「○○料理」
といったようなシンプルなものを10種類くらい見つけ出せば、ある程度の料理をカバーしてしまうのではないか。という仮説が生まれました。

僕自身、料理も食べることも大好きです。常に新しい食べ物と触れてきて、「日本で食べる外国の料理は本当に正しい物なのか」という疑問がありました。

昨年の11月、僕はフランスでブイヤベースをすすっていました。

衝撃でした。僕がいままで食べていたブイヤベースはそこにはなく、だし汁と魚がきっちり分けられたブイヤベースの姿がありました。

イタリアで食べたパスタは、僕らがいままでレストランで食べていた、小さなお皿にちょこっと乗っているものではなく、豪快な漁師料理そのものでした。

その時、自分はまがい物を信用して生きてきたんだと確信しました。

本当の美味しさを本当の食の感動を世界中にシンプルに伝えることができるようになれば、どんなに素晴らしいことか!と考え、僕は日本を発って、色々な世界を見続けることにしました。

そして、今年の4月23日に日本を出発し、アジアから世界をぐるっと食べ尽くし、新しい刺激に触れ続けることにしました。

現在、一時帰国していますが、また再出発しますし、帰国前までの「本物の味」に出会い続けた衝撃をまだ書き残していなかったため、毎日1記事を目標に書き続けていきたいと思います。

僕の旅のルールは1カ国1週間がリミット。その時間の中でどれだけ多くのことが吸収できるかは自分次第ですが、こちらにその吸収した様子を書き残していければなと思っています。

 

ブログには、毎日の様子と、国やエリア、緯度や経度、地形気候といったようなさまざまな視点でのまとめ、それらを書いていきたいとおもいます。

肝心な食べ続けてきたモノの写真は、ブログではなく、主にFacebookで扱っていこうと思っています。もし僕みたいな自称グルメの仲間などがいましたら、こっそりと見て頂ければ幸いです。

 

それでは、よろしくお願い致します!下からFacebookページへと飛ぶことができます。


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