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カテゴリー: roomdonor.jp

20歳で会社をつぶした1年間の記録


久しぶりのブログ記事となってしまいましたが、この記事を書き上げるのに3、4ヶ月かかってしまいました。恥ずかしい話で、叩かれる事も承知で皆様への報告もかねてこの記事を書かせて頂きました、お時間ありましたら是非読んで頂ければなと思います。


スタートアップブーム、開演

2011年春。世間はスタートアップブームでした。ボクのまわりの優秀な人たちは、新しいウェブサービスを作って世の中をオモシロクしていく、そんな環境でした。

この秋、IVS Launch Padで優勝した「すごい時間割」で有名な@mocchiccくん達の会社、Labitは4月1日。先日サイトのリニューアルをしてにぎわせた「trippiece」の@ishidaianくん達は、3月31日に会社を設立。TechCrunchで驚異的なにぎわいを見せた「wondershake」の@Doubles9124くん達なども4月のTeclosion Spring 2011で優勝するなど、順風満帆なスタートを歩んでいました。

そんな彼らは、東日本大震災の起こる前、2011年始めや、2010年の終わりあたりから準備を初めていました。ボクが鈴木くんにお会いしたのは、2010年の12月。もっち君にお会いしたのは、翌年3月でしたが、その頃にはもう彼らはサービスのローンチへと準備を着々と進めていました。そんな中、「新生ネットエイジ」が2月にスタートし、「Samurai Fund2号」が1月末に設立される等、国内でシードアクセサレーターが台頭し、いわゆる2011年の「スタートアップブーム」が始まりました。

Pict:www.dirjournal.com/guides/social-media-marketing-enough-is-enough/


能力を“売り買いできる”バザールをつくる

そんな華やかしいスタートを遂げる彼らの横で、ボクらは細々と準備を進めていました。

2010年、11月。ボクは、みなとみらいのスターバックスでノートを書きなぐっていました。

2010年は、ボクにとってすごく有意義な年でした。料理が得意な事を生かして、ソーシャルメディアのみで集客を行う「こっぺ食堂」というお店を渋谷の青山通り沿いにオープンし、週1や1週間営業等とランダムに営業を行っていました。「場所もない。資本もない。あるのはやる気と多少のタフさだけ。」そんなボクは、最初は1人きりで、店を切り盛りしながら、営業状況をUstreamで配信したり、お客さんに「おいしい!」とつぶやかせるなど、今話題のステマをさせたりと楽しみながら営業を行っていました。次第にお客さんも入るようになり、20名程度収容の小さなお店でしたが、1日に100人近く来ることもありました。お店だけに留まらず、こっぺ食堂をきっかけにして、イベントに出張したり、ホームパーティーに呼ばれていつもと違ったパーティー料理を作ったりと、色々なことをやっていました。

すごく楽しかった反面、ボクの中には大きな大きな葛藤がありました。「こんな細々とやっていたって正直言って、自分は料理の力で言えばシェフには到底およばない。だけど、みんなはシェフと呼んでくる。違う。そんなのはボクじゃない。でも、自分で作ったモノを目の前にいるお客さんに提供できて、それでおいしい、楽しいと言ってくれる。こんな仕組みを世の中に作ってみたい!」

ボクは半年ほど続けたこっぺ食堂を一時、お休みする事にしました。それから、2ヶ月、ひたすら、ノートを書きなぐり、本を読み、ネットでいろんな仕組みを探し、次の道を見つけ出そうと躍起になっていました。

そんな中、ある一冊の本に出会いました。

pict:http://www.levision.net/?p=192

「謎の会社、世界を変える。 エニグモの挑戦。」

みなさんは、「BUYMA」というサイトをご存知でしょうか。「BUYMA」は、日本では売っていない商品や、高額な商品を、現地在住の日本人が「バイヤー」となってサイトに掲載し、欲しいというユーザーの要望があれば、個人輸入して商品を発送するという「個人同士が取引するオンラインマーケット」です。
「BUYMA」を運営するエニグモの創業記が書かれたこの本には、あることが強く主張されていました。
それは、「個人が活躍するような世の中を作り出すこと。」でした。

僕にとってこの本は衝撃でした。昔から、Fiverrという、自分の能力をワンコインで販売するマーケットであったり、面白法人カヤックの運営する「ARTMETER」、エニドアの運営する「Conyac」、Googleが福利厚生にも導入したというソーシャルパシリマーケットである「Taskrabbit」など、こういった個人が活躍するウェブサービスはそれぞれ、単体で見ていてめちゃくちゃ面白いなと思っていました。
ボクは、この本や、「BUYMA」を通して、様々な点として存在していた事が、全て線となり、ずっとやりたかった事が、急に見えてきました。

こっぺ食堂で見えた事は、「自分の能力を可視化することで、色んな人がそれを必要としてくれる。自分は何が得意で、こういう事ができますよというリストをオンラインに作り出せばきっと面白い仕組みが出来るはず。」ということでした。

とにかく、スピード重視なボクは、一緒にやるなら絶対にコイツだと心に決めていた友人を、Skypeで誘い出しました。彼も、同じような問題意識を持っていて、プログラマーとして個人で仕事を頼まれる事があり、その仕事を受ける入口の仕組みを作る事には、とても共感を持ってくれました。

「モノが個人同士で取引できるオークションという仕組みができて、世の中は大きく変わった。オンラインフリマはあたらしい販売方法を作り出した。Kickstarterなどはお金の新しい流通を作り出して大きな変革を作り出した。じゃあ、ボクらは、能力を自由に取引できるバザールをつくろう!」

それから1、2ヶ月。色々と調べるうちに、これらはクラウドソーシングと呼ばれていて、2009年あたりに小規模のブームが起きたものの、あまりウマくいったサービスはなかった。ということでした。

ボクらがとても面白いと感じていたサービスは、もうとっくにサービス化されていて、100個くらいの類似サービスがありました。しかし、どのサイトもあまりうまく行っているものはなく、当時は、プログラマークラウドソーシングであるoDeskや、デザイナー向けのcrowdSPRINGあたりくらいしかイケてるサービスはありませんでした。

僕らはそのイケていない共通点は、どのサービスモデルも、匿名性のプラットフォームである事だと答えを出しました。
「オークションであれば、モノが信頼の担保をすることができたから匿名性のサイトでも、うまくヒットしたけど、クラウドソーシングは信頼の源は人の能力だから、相手を信用できるかどうかに全てかかっている。だから、TwitterやFacebookの人のつながりや、フォロー、友人の人数、そして取引履歴等を加味した、人を評価できるような、“PageRank”ならぬ”HumanRank”をつくりだせばウマくいくんじゃないか。」

ボクら二人はその仮説をもとにサービスを作り出す事にしました。超優秀なエンジニアをもう1人加えて、3人で、早速会社も立ち上げて準備してしまおうということでとにかくスピードを意識して行動していきました。

そして、2011年、1月18日。ボクらは、「Bazaarie株式会社」を立ち上げました。人々が古代から行っていたようなモノを作ったり、見せ物をしてお金をかせいでいたバザールを再現する。そんな想いを込めて「バザーリー」という名前を会社につけました。

震災とroomdonor.jp

それからは毎日のようにパソコンと向き合う日々が始まりました。IT系のゼミに所属していることもあって、いろいろと情報量は多かったのですが、いざつくるとなるとがむしゃらに色んなモノを読みあさったりアドバイスを求めていく日々。ただ、新しい仕組みを自分たちが作ってやるんだという想いだけは誰にも負けずに頑張っていました。

そんな中、あの日がやってきました。

3・11。日本全体が大きく揺れ動いた、東日本大震災です。

ボクはあの日、横浜駅で地震を過ごしました。家に急いで帰宅したものの、避難所に避難している友達をパシフィコまで探しに行ったり、あとは、オンラインや街頭の募金をするくらいしかできませんでした。>/p>

そんな中、ネットエイジ西川さんとのやり取りの中で、「roomdonor.jp」の構想が立ち上がりました。ほんの2、3ツイートの中でしたが、それがスタートでした。

内容は、「仮設住宅に変わるような新しい被災者住居救援の仕組みを作り出す事」でした。個人の余っている家や部屋を活用して、被災者がすぐ住めるような環境をつくりだす事。これは、ボクがやりたかった、個人の活躍する世の中を作り出す。という想いにすごく近かったので、友人2人と話し合い、トップスピードで作る事にしました。


http://roomdonor.jp/

3月14日に構想が始まり、18日にローンチしました。本当に優秀なエンジニアがすぐ作ってしまった事に驚きを隠しながらも、Twitterなどで告知し、サービスを立ち上げました。

結果、2時間で10人からの住居提供、翌日には、134人、3日で1000人、1週間で2000人分の住居が提供されました。メディアにも大きく紹介され、テレビや新聞など合わせて100社近くから取材依頼をいただきました。

実際に被災者の方からも2000名ほどから、入居依頼があり、ルームドナーからの提供数も600名分ほどとなりました。300名ほどがルームドナーを利用して入居し、仮設住宅に変わるあたらしい被災者救援の仕組みを作る事ができました。

急激に上がった評価と苦悩

ボクはroomdonor.jpを通して、様々なことに出会いました。NHKに密着取材されるなんてことも初めてでしたし、新聞の社説にボクらの活動が載る事も初めてでした。博報堂や電通との共同でルームドナーの取り組みがトランプになったりするなど、たくさんの社会人が評価していただき、いろんな会にも呼ばれ、多くの期待をいただきました。

しかし、そんな上がり続ける評価の中で、ボクらの感覚の麻痺、そしてチームの崩壊がどんどんと迫ってきている事が、ボクは知る由もありませんでした。

新サービスの開発に取り組む為に、roomdonor.jpの運営を学生ボランティアに引き継ぎ、本サービスの開発を再開しました。その時に、roomdonor.jpで上がった評価がボクらの頭の中にへばりつきました。

「クラウドソーシングサービスを作るより、roomdonor.jpをもっと発展させたサービスを作った方がヒットするんじゃないか。」

「クラウドソーシングサービスは、ジャンルの選定やカテゴライズがめちゃくちゃ難しい。その前に実際に潜在的なユーザーが多いと見込まれるroomdonor.jpを発展させよう。」

確かに、ボクらの目標は個人が活躍する世の中をつくることでした。しかし、次第に次第にボクらの本当のやりたい事、やれる事とは少しずつ遠ざかってしまいました。

エンジニア2名と、ボクを加えた3人のチームでの仕事の分担は、フロント、バックエンドの作業と、ボクがデザインやマーケティングを中心に行っていました。エンジニアの2名は、ずっと色んなサービスを作ってきたので、方針転換には柔軟に対応できたかもしれませんが、ボク自身は次第に、出来る仕事が少なくなっていました。

pict:作りかけのデザイン案

正直言って、デザインは三流、マーケティングはちょっと得意だけど、サービスローンチ後の仕事。クラウドソーシングの仕組みであれば、まずジャンルを料理が得意な人に選定して、仕組みをくみ上げていく事はできましたが、住居マッチングのシステムでは、ボクは正直、何をすればいいのかわからないまま、がむしゃらに作業をしながら、ただただ時間だけが過ぎていきました。

このとき、本当に「ああ、ベンチャーは役割分担なんだな。」と感じました。頭では分かっていた事ですが、ウェブ業界で、自分が貢献できることはそんなに無い、まだまだ実力不足なんだ。そう気づいたのは、夏が過ぎた頃でした。

それでも、ボク自身はなんとかしがみつこうとしました。一度やり始めた事をすぐ辞める事はどれほど情けない事か、ということを考えると夜も眠れないくらいの状態でした。ひたすら画面のデザイン案を作成し、ああでもこうでもないとメンバーと話しながらも、ボク自身のリーダーシップの不足で、サービスの開発も思うようには進んではくれませんでした。

一時は、roomdonor.jpの盛り上がりで、自分たちはウェブ業界で大きな事を成し遂げられるんだ!なんでもしっかりサービスを作れば絶対にヒットする。とにかくバンバンサービスを作ってやろう!たくさんの人も応援してくれてるし、俺ら、才能はあるんだ!くらいのアホほどな自信過剰さに頭の中が支配されていました。それは、メディアに大きく取り上げられたボク達の誤解でした。

メディアは使うことはあっても過度に信用しない方がいい。実力以上に評価されることがどんなに辛いか、ということを色んな人を通じて分かっていたつもりだったのに、ボクらは本当は何も分かっていませんでした。本当に好きなコトであればどんなに評価されようと、自分のスタイルを貫けたのかもしれないですが、入ってまだまだ浅い環境の中で、自分たちはただ、トレンドを追っかけていくつまらない起業家志望の学生にしかなっていませんでした。

新しいヒカリ

そんな葛藤を過ごしていたら、いつしか秋になっていました。震災から半年、会社を創業して9ヶ月、友人を誘い出してから11ヶ月。ボクはあることを決めました。

それは、全て辞めるということでした。

喧噪な東京の街並から離れ、関西で1人でじっくりホテルで考えを巡らせた結果でした。

数ヶ月散々しがみついた結果、自分は何も結果が残せない。やりたかった事の1%も実現できず、たくさんの人に迷惑をかけた。けれども、せめて自分が胸を張って頑張れる事をやろうと、心に決めました。

「起業は頭でするものじゃない。体でするものなんだな。本当に本当に好きなコトを、1秒も惜しんで、給料がたとえ0円だったとしても意思を貫けることを仕事にするべきだ。だけど、自分は今そんな人間になれてない。なによりもカッコワルイ。ぜんぜんこっぺ食堂をやっていたころの方がカッコよかったじゃないか。何をデカい仕組みを作ることばかりかんがえて焦ってるんだ自分は。」

じっくり頭の中で結論を出して、メンバーの2人に相談しました。2人はすぐに受け入れてくれました。

卵の殻すらやぶれなかった自分が本当に情けない一方で、この決断をしたことが、自分の中で一筋の光を見せてくれる事になった。今でもそう思っています。

次また、新しいことをやろう。

そんな気持ちにさせてくれました。

ボクは派手に起業して、たくさんの人を巻き込んだり、自分を過大評価してもらうくらいがんばって露出させていく、ということは極力しないようにしていました。なので、会社を作った事もroomdonor.jpを作る時も、あまり誰にも相談せず、そっとやっていました。有言実行よりも不言実行の方がカッコイイかなというそれだけのことですが笑。

でも、それはある意味、自分自身に自信が無かったのかもしれません。結局、会社を立ち上げても、新しく作るサービスのモックをたくさんのひとに見せてたくさんのフィードバックをもらうようなこともしませんでした。あまりひけらかしたくない、のではなく単に自分の本当にやりたい事ではなかったのかもしれないですし、自分が最大限パフォーマンスを発揮できる舞台ではなかったのかもしれません。ならそんな場所からは早々と撤退した方が、周りの方々にも失礼な目を合わさずに済むかなと思いました。

pict:http://news.nationalgeographic.com/news/2010/09/100909-science-space-zodiacal-light-pyramid-skywatching/

これから。

やっぱり、ボクの好きなコトは、料理を作ったり、おいしいものたくさん食べたり、料理を通して沢山の人とコミュニケーションしたりすることだなということを痛切に感じました。同世代で周りに負ける事は無いと自負できるのは、この分野にしかないかなと思いました。

少なくともこれからの数年間はこの世界に生きようと決めました。結果的にまた、ITに戻ったとしてもフード系のサービスしか作る事は無いと思います。やはり、沢山の人を巻き込めて沢山の人に影響を与えられる事をやり続けていければなと思います。少なくとも、こっぺ食堂では少しはその片鱗を見せる事が出来たんじゃないかなと思います。

来年、1年間大学を休学することにしました。

何人かの方にはお話させていただきましたが、1週間1カ国、50カ国くらいを目処にして、世界中のおいしいモノを探してこようと思います。日本人が好きそうなものがあれば持ち帰りたいなとも思ってますし、逆に日本のモノを何か輸出できるかどうかも考えながら巡ってこようと思います。

もともと、フルカスタマイズできるファーストフードに魅力を感じていて、消費者が自分でメニューを作れる仕組みなどを研究しながら旅を続けていこうと思っています。オールドな業界な、飲食業会ですが、その中で新しい仕組みを作っていける人間になれるよう、頑張っていこうと思います。

さらに、必ず1カ国では1回、こっぺ食堂を開いていこうと思っています。観光ビザで行くのでいろいろと制約がありますが、「場所もない、設備もない」トコロで色々やってきたので、力さえ多少あれば場所にとらわれず色んな事ができるんだ、ということを見せられれば良いなと思っています。

タフな旅にはなると思いますが、その旅の中でも、面白いコトや、新しいコトにいろいろと挑戦していこうかなと思っています。

4月2日にまず、日本から台湾に向かう予定です。そこからまず、3ヶ月くらいでアジアを15カ国ほど巡ってくる予定です。

ですので、それまでの2ヶ月間、いままでお会いさせて頂いた方、お会いできていない方にもたくさんお会いさせて頂ければなと思っております。
そして海外に向かう前も、久しぶりにこっぺ食堂をやろうと思っています。3月の頭に渋谷近辺でやろうと思いますので、興味のある方いらっしゃれば是非メールいただければ決まった際に連絡致します。

また、スポンサーや支援してくださる方も、沢山探しておりますので、自分自身でも開拓している最中ですが、興味を持ってくださる方がいらっしゃればご連絡頂ければ幸いです。

連絡先はこちらです:fk.koppe@gmail.com

起業家とアントレプレナー

「トレンドの最先端を追いかけるよりも、トレンドを創り出す立場になった方がはるかにExcitingである。」

サンマイクロシステムズとシスコシステムズの日本法人を創業者として立ち上げた松本孝利さんの言葉だそうです。

起業家とアントレプレナーとは、似て非なるものだと思っています。
ボクは、2010年の11月から、3月、roomdonor.jpを運営していた頃までは、自分自身でトレンドを創り出していく、「アントレプレナー」であったと自負しています。しかし、いつのまにか、トレンドの最先端を追いかけて、道に載っていこうとする「起業家」になってしまっていたような気がします。

本当に好きなコト、ずっと続けている事でしかトレンドを創りだして、道をつくる「アントレプレナー」にはなれないんじゃないかなと思います。

ボクは中学、高校時代にたくさんの歯がゆい思いをしてきました。成績は下から数えた方が早かったですし、部活をやっていたわけでもなかったので、「超平凡なつまらない学生」でした。ただ、ボクが「つまらない学生」じゃなくなるのは、食べ物の世界にしかないと痛感したので、「好きなコト」を貫いてみようと、思います。それで失敗したらまた次を考えていこうと思います。

ミーハーになった瞬間、もう違う事をかんがえた方がいい。そんな事を痛感させられる1年でした。

大学1年生の頃から、スタートアップ界隈の人と仲良くさせていただいて、色々と自分なりにも見ていましたが、2011春から1年間のスタートアップの盛り上がりは、ボクがウォッチしていた時代の中では一番大きなものだったと思います。これから、新しいモノが生まれ、古いもの、つまらないものはどんどん淘汰されていくと思いますが、その中でもやはり、自分の意思を持ち続けられるかどうかが、肝心だなと周りを見ていて感じます。

もし、このブログを読んでくださった方の中で、これから起業したいと思う学生の方や、新しいコトをはじめようという方がいらっしゃったらぜひ、ボクの1年間を通して伝えられることがもしあるとするならば、「トレンドを創れる人間に慣れるように心がける」という事だと思います。そういう人になって頂ければなと思います。

ボクでよければいつでもお話に伺うので、起業したい、という方などはメール下さればなと思います。いろんな方も出来る限り紹介したいです。

最後に、一緒にがんばってくれたメンバーと、相談に乗ってくれた、ゆうや、かんなさん、川村さん含めたくさんの友人。そして父親に感謝です。

お叱りを受ける事も覚悟でこの記事をかかせていただきました。何か思う事がありましたら、メールや、コメントいただければ幸いです。

Twitter:@koppe_jp

mail: fk.koppe@gmail.com

福崎 康平


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大学生の僕たちが被災者のために今できること。roomdonor.jpを立ち上げました。#roomdonorjp #jishin


2011年3月11日という1日を通して、日本は一気に変わりました。

津波などの影響で数万人規模の死者・行方不明者がでました。

テレビからはCMが消えました。

電車はなかなかスムーズに動きません。

多くの人が帰宅難民となり、その日に家に帰れなくなりました。

街からは光が消えました。

連日続くニュースの中で、津波被害による地震の深刻さが常に伝え続けられました。

「こんなに苦しんでいる人がたくさんいる中で、何か力になれることはないのか、、」

僕は強い強い閉塞感に苛まれました。

だけども、もっともっと深刻な事態に遭遇している人たちがたくさんいる中で、僕らができることは、寄付か、献血か、救援物資を送るか、そのくらいでした。

そのときに、ネットエイジの西川潔さんのツイートから

こういった2、3言葉の会話だけですが、僕らは動き始めました。

僕は、19歳最後の月に、友人2人と一緒に、個人が持っているもの(才能、ノウハウ、資産など、、)を相互に売買できるプラットフォームを作るために、2011年1月18日にバザーリー株式会社を立ち上げました。

その中で、いろいろな個人の資産を簡単に売買できるシステムを研究し続けていたので、前提知識は若干ありました。有能な2人のメンバーと一緒に4日間で「roomdonor.jp」というサイトを立ち上げました。

4日間という短い日程で僕らがこのサイトをリリースできたのは、メンバーが優秀なのはともかく、常に、考え続けていたからだと思います。


「roomdonor.jp-家に居住困難な被災者と住宅/部屋を無償で提供してくれるルームドナーのマッチングサイト」

roomdonor.jpは、震災の影響で、それまで住んでいた家に住むことができなくなった人達と、その人達に部屋/住宅を無償(期限付き)で提供する
ルームドナーのマッチングサイトです。

ルームドナーは、PCもしくは携帯電話で登録フォームに住居と本人の登録を行うことで登録することができます。
被災者は、その登録リストをGPS付き携帯電話や、検索システムを使うことによって、近くのルームドナーを探すことができます。

「震災が起きたから、こういうことをしてみようか」という突発的なアイデアではなく、僕は震災が起きるとも起きないとも、こういったサービスを出す予定でした。ですが、深刻な被災の状況の中で、「もっと金銭だけでない価値でもいいから、社会的に価値のあることを提供できないか」と思いroomdonor.jpをリリースしました。

なかなか反響は大きく、1週間でなんと1770人の受け入れ態勢が整いました。南は沖縄、北は北海道までほとんどの都道府県。
全国の震災の復興を願う思いがここに集結しました。

僕らはあくまでも場を作ったにすぎませんが、”震災復興”という大きな共通の問題意識に向かって、日本中のルームドナーの方、またroomdonor.jpを支援してくださる方がひとつにまとまったと思います。

僕はこのツイートを見て、本当に涙がでました。こうやって震災という大変な事態を通して、インターネットの力で人々が助け合える、そんな瞬間を見ることができました。

しかしながら、現在でも多くの被災者は寒く、大変な避難所生活を強いられています。ですので、このブログを読んでくださった皆様にお願いがあります。


①このroomdonor.jpというサイトを一人でも多くの人に伝えてください。まだ行政だけでは被災者に安心した生活を送って頂くことは出来ません。ルームドナーとして登録してくださる方を一人でも多く増やすために。

②また、roomdonor.jpというサイトは被災者の方には多くは知られていません。たくさんのルームドナーの方が支援を表明してくださっています。
roomdonor.jp (http://roomdonor.jp/)のトップページにビラを用意しています。近くで避難所生活をしている方、報道関係者、NPO、被災地に行かれている方など、この存在を伝えてください。

まだまだルームドナーは出来て1週間です。未熟なサイトです。この仕組みを通して多くの人を幸せにするためにも、皆さんの力が必要です。お願い致します。

お問い合わせ、何かご指摘等ありましたら、roomdonor_contact[a]bazaarie.com([a]を@にかえてください。)にまでお願い致します。

バザーリー株式会社
福崎康平


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